Senzoku2000’s blog

もう中年なのにも関わらず『僕の心のヤバイやつ』にドハマリした男

僕ヤバの舞台はなぜ目黒区洗足なのか

私「『僕の心のヤバイやつ』って漫画にドハマりしたんだけど、主人公は洗足在住で中学受験失敗した中2って設定なんだわ」

妹「それはエグい」

 

舞台を目黒区洗足とする必然性

 

桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』という作品を考えるに、舞台が目黒区洗足である必然性には乏しいように思える。

当作の魅力は何と言っても主人公の市川京太郎とヒロインの山田杏奈が、日常の小さな出来事の一つ一つを積み重ねて関係性を深めていく過程であり、描写の緻密さを含めて極めてストーリー完成度が高い作品と言える。

しかし目黒区洗足が舞台でなくとも普遍的なストーリーが大半で、だからこそ多くの共感と支持を得られていると言えよう。

では、わざわざ場所を特定した理由は何か?

担当者やスタッフが地縁があり詳しい、という理由が一番可能性が高そうであるが、それ以外に理由を探すのであれば、キーワードは『中学受験』だろう。

 

東急沿線という特異な地域

 

目黒線を含めた東急沿線は日本でもかなり特異な地域と言える。

何を隠そう、私は小4から大学卒業まで、前身の目蒲線だった頃を含めて十数年東急目黒線沿線に在住していた。したがって洗足周辺の地理や環境については多少は明るいつもりでいる。
(転居して久しいので現在の状況にはあまり詳しくないが)

そもそも洗足は戦前からの歴史を持つ高級住宅街であり、当地を開発した目黒蒲田電鉄(現、東急)は後に全国的に著名な田園調布の開発を行っている。総じて世帯収入が高い地域と言える。

(余談であるが、戦前の当地の雰囲気はアニメ『窓ぎわのトットちゃん』( https://tottochan-movie.jp/ )が表現をしている。黒柳徹子が幼少期に居住した大田区北千束は洗足の隣町となる。)

 

『お受験』がもたらすもの

 

冒頭の妹のやりとりだが、兄妹揃って小学校に嫌な思い出が多い。

それは否応なく『中学受験』に巻き込まれたからに他ならない。受験をしてもしなくてもトラウマとして刻まれているのである。

 

2022年の目黒区の中学受験進学率は39.43%という極めて高い数値であり、小学校のクラスの4割が私立に進学してしまう。

https://gentosha-go.com/articles/-/55536

入試問題もいきなり挑んで受かるものではなく、合格をめざすなら早い段階で進学塾に通う必要がある。

桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』9巻 Karte.117「僕も前に進みたい」

それこそ本編でパロられたSA◯IXなり日◯研なりに通う必要があり、授業料も馬鹿にならない。中学受験の成否は親の経済力にほぼ直結しているのである。

このため児童は中学受験を通して過程の経済格差を目の当たりにしてしまうのである。

勉強ができて親が裕福な子供は私立中学へ行き、そうでない子が公立中学へ行く。

更に厄介なことに大手進学塾は学力別にクラス分けを行っており実質的な学力の可視化を行っている。

小学校のクラスの数割が進学塾に通ってしまうと、クラス内のヒエラルキーが塾の成績によって左右される事態にもなる。

これは個人の体験であるが、大抵の場合、勉強ができる児童は要領が良いのでスポーツもそこそこ出来た。運動音痴で学力が高いガリ勉タイプはあまり居なかった。

しかし中学受験をする側も大変で、幼少期から私立中学に行く多大なメリットと、公立中学を蔑み、失敗をした場合のデメリットを嫌というほど親や塾から聞かされてプレッシャーを受ける。

大体、勉強するメリットをすんなり理解できる児童は少なく、子供に遊ぶ時間を削らせて勉強時間を確保させるためには親がプレッシャーを絶え間なく掛け続けるのが一番確実である。

そして親同士でも子の学力、塾のクラス、そして進学先でマウントを取り合ったりする。

 

『中学受験』とは家庭の財力と労力とプライドを掛けた総力戦なのである。

 

僕ヤバにおける『中学受験』

 

中学受験の失敗は『人生の転落』を意味する。

 

作中において市川京太郎が中学受験で何校受験したのかは触れられていないが、本命校一本にせよ併願にせよ完敗をしてしまった。

 桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』9巻 Karte.126「僕は弱音を吐く」

親の期待や助力を水泡に帰してしまった、という事実は繊細な彼の心を打ち砕くには十分過ぎたであろうし、さらに姉が同時に難関大学に合格にしたことは余計に追い打ちをかけた。

過去の栄光であるトロフィーや表彰状を部屋の見やすい場所に配置し、そして小学生の象徴たるランドセルを中3の夏まで捨てられずにいた。

桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』9巻 Karte.114「僕らは付き合っている」

交友関係も崩れた。親友の木下、高野とは別れ(塾も一緒だった、というのがミソ)てしまい、自分だけ公立中学に行くことになった。

彼は無邪気に他のクラスメイトを散々見下していたにも関わらず、その見下していた彼らと一緒となった。

そしてこういう場合、同じ小学校の出身者は「アイツ落ちたんだ」という白けた目で見る。プライドの高い市川には耐え難い屈辱だったろう。

(現実にそういった心の折り方をしてしまう人間はそれなりにいて、立ち直るのに苦労したり、あるいは立ち直れなかったりする。)

 

市川京太郎が家庭でも学校でも心を閉ざして、物語はスタートする。

 

山田杏奈も詳細は語られていないが、市川と同じく中学受験に失敗している。

市川ほど強烈ではないにせよ、彼女の失敗も「なにをやっても人よりうまくいかない」自分と向き合わざるを得ない出来事の一つとなっただろう。

桜井のりお『僕の心のヤバイやつ』5巻 Karte.63「僕は受け止めた」

 

舞台が目黒区洗足である理由

 

私立中学に通う割合は全国平均で7.7%であり、全国的には少ないものである。

東京都でも25.5%であり、全国と比較すれば極めて多いが、それでも1/4程度である。

https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifeevent/789.html

都内でも私学中学進学率の上位5位以内の地域は、文京区、中央区、港区、千代田区と概ね「山手線の内側」であるのに対し、目黒区だけが唯一山手線の外側である。

(目黒駅は品川区内にある。ただし、東京都写真美術館付近が飛び地的に山手線の内側である。)

改めて僕ヤバの舞台を考察すると、「中学受験の敗者」をストーリーのメインに据えるために中学受験が一般的でかつストーリーの普遍性を保つために都心過ぎない郊外の場所、ということで目黒区が選ばれたものと推察する次第である。

 

……やはり、担当者やスタッフが地縁があり詳しい、という理由が一番可能性が高そうである。